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哲学チャンネル ep.17 朝起きられないことを哲学する

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初めに

 

この頃は、すっかり冬らしく、寒くなってきました。そんな冬の朝に、布団から出るのが億劫なことはないでしょうか。

どうやらそれは古今東西に共通するらしく、哲学者にとっても考える種となったようです。

そんなわけで今日紹介するのは、

「布団から出られないことを哲学する」

というものです。

今回はテーマも具体的で、想像力を働かせやすかったと思います。とはいえ、いざより抽象的に、「行為とは?」ということを考えていくとまた難しい問題にもなったのでした。それでは、考えていきましょう。

朝起きることの分析

まずは、朝起きるということを、具体的に思い出していきましょう。

朝、目が覚める。すっきり目が覚めた場合は、そのまま布団から出るかもしれません。もし、まだ眠かったり、布団の外が寒かったりしたらどうでしょう。なかなか起き上がる気にならないかもしれません。しかし、結局はどこかのタイミングで起きなくてはなりません。それは、どのようなタイミングか。二度寝をしてすっかり眠気が覚めてからか、あるいは、外が暖かくなるまで待つか。おそらく、そういったケースは稀でしょう。大抵の場合は、多少眠かったり寒かったりしながら、踏ん切りをつけて起きるのです。

だとしたら結局、最初に目が覚めたときの状況とあまり変わらないかもしれません。では、なぜ時間が経ったのちに、起きることなったのでしょうか。経験的には、時間経過の末、「もういい加減に起きなくては」と覚悟を決めたからでしょう。この覚悟にはなぜ時間が必要なのか、そして、この覚悟はなぜ寒さや眠気に打ち勝つことができるのか。この辺りのことを、哲学者の考えを参考にしながら考えます。

ラジオでも紹介したように、ウィリアム・ジェームズの『心理学』(岩波文庫で上下巻が出版されています。ここで扱うのは下巻26章「意志」です。)を参考にします。私がこの本を知ったきっかけは、エマニュエル・レヴィナスの『実存から実存者へ』の最初の章で引用されていたからです。レヴィナスの議論については省略しますが、朝布団から出られないことについて、哲学者が考えていることに驚き、引用元の『心理学』を少し読んでみたら、実用的にも、哲学的にも面白い記述がありました。

W・ジェームズによる行為の分析

まずは、ジェームズの「朝、起きられない」に対する分析を見てみます。ジェームズは、そもそも行為とはなんなのかということについて考えます。行為とは、人間が何かをすること、その運動ですが、それについて分析し、分類していきます。行為は、基本的には身体の運動です。たとえば、手を挙げたり、歩いたりすることです。これらが行為なのはいうまでもないかもしれませんが、たとえば、長期的な目標への努力と、あくびをするということを比較した際に、どちらも同じ行為であるといっていいのか疑問でしょう。明らかに両者は異なるレベルの行為ではないでしょうか。

この二つの行為の何が違うのか、その本質を考えると、その行為を実行するプロセスにあるのではないかという気がします。目標への努力は、何らかの目標を立て、それを達成するにはどうすれば良いのかを考え、そのために必要な努力を行います。仮にそれが何かの試験であるとすれば、一連の行為は一年以上にもなりうるでしょう。一方のくしゃみは、くしゃみが出ると思った途端に、もう出ています。そこには何の考えも、計画も、努力もなく、すぐに行為に移ります。というよりも、くしゃみが出るということが先にあって、あとからくしゃみが出そうだなという予感と実際に出たという感覚がついてくる気さえします。

この際立った対比から明らかなように、ある行為は、既に、自然に発現しようとしており、行為者の意志とは関わりがありません。そういった行為は、大抵の場合、突発的に瞬時に行われます。つまり、行為の準備・予感と行為の実現の間にほとんど隔たりがないといえます。これに対して、目標達成のような行為は、そのための一つ一つの行為が、意志をもって行われ、行為の実現には長い時間がかかります。

行為の分類

このように、ジェームズは、行為を二つの類型に分類し、一つを、それを行うのに何の意志も必要としない行為、もう一方を意志を必要とする行為とします。くしゃみや反射的な運動は、生理的な運動であるため、前者にあたります。目標を実現するための行為は、意志をもって行為していくため、後者にあたります。

行為を意志を必要とするか否かで分けた上で、さらにジェームズは意志を必要とする行為を二つに分けます。こちらが日常生活において主に問題となります。ジェームズは、これを簡単なものと難しいものの二種類があるといいます。

易しい方は、たとえば、裾についたゴミを払うというものです。これは、ゴミが目についた瞬間、そのゴミを払おうと意志をするものの、それとほとんど同時に、反射的にゴミを払っているため、生理的な運動と体感的には変わらないほどです。この行為の場合、その実現までにほとんどタイムラグが生じません。なぜならば、ゴミを払うという行為は、ほとんどの場合、簡単に行えるからです。つまり、それを行おうと意志した瞬間に、行うことができ、それを妨げる抵抗がないということです。もう一方の難しい行為は、何かを行おうと意志した瞬間から、その行為の実現までに時間のかかる行為です。

努力を必要とする行為

その難しい行為として登場するのが、本題の寒い朝布団から起きるというものです。これは一筋縄ではいきません。なぜかというと、布団の外が寒く、体に堪えるということがわかっているからです。そして、現状の布団の中は暖かくて心地がいい。布団の外に出るとは、この快適な環境を自ら手放して、より厳しい環境に身を置くということです。こうして抽象化し分解すると、なんだかこのたとえが行為一般の比喩のように感じられるでしょう。

そんな厳しい環境へ身を置くことは、普通は嫌なものですが、ずっと寝ているわけにもいきません。布団からさっさと出たほうがいい。しかし、外は寒い。このように、難しい行為には葛藤が存在します。葛藤とは、ある行為を実行するための意志を妨げる別の意志といえるでしょう。この場合は、起きようという意志と、寝ていたいという意志です。当然、両者は同時には実行できず、互いに互いを妨げる意志です。

こうした相反する意志をもつとき、すなわち葛藤するとき、現在の状況を変化させ、行為を開始するためには、現状を維持しようとする意志と、快適さを保とうとする意志の抵抗に逆らわなくてはならないため、大きな力が必要になります。この抵抗に逆らい行為することが努力であるとされています。

例に戻ると、布団から出るときに、寝続けていたい意志と、暖かい布団の中に留まり、寒い外に出たくないという意志の抵抗を上回る意志によって、行為すること、すなわち努力が必要になるということです。

ここから行為の分類上の、意志と努力を必要とする行為の実現が、まるで計算によって決定されるかのようであるということがわかります。つまり、努力>抵抗となる必要があるということです。例では、「起きる意志」>「寝ていたい&暖かい所にいたい+外に寒さの予期」となるでしょう。

このように考えると、なぜ起きるのに時間が必要かという前述の疑問に答えることができます。それは上の不等式の左辺の意志が必要性によって強められるからです。時間が経つにつれて、さまざまな理由によって、起きる必要性が増していき、ちょうど右辺の意志を上回った瞬間に初めて、布団の外に出ることができるのです。

解決策

それではどのようにすればより早く、楽に布団から出ることができるのでしょうか。それは、抵抗を減らすということによって可能になります。つまり、眠くもなく、外が寒くもなかったらなんの抵抗もなく、楽に起きられるということです。そんなことは当たり前じゃないかという結論になりましたが、問題はこの抵抗が、心理的なものである可能性が高いということです。事実、上で見たように、努力の意志が上回ると、実際には眠気も寒さも解決してはいないのに、起きられるのです。

ということは、あくまでも行為の抵抗は心理的なものであり、どうにかこの抵抗感を誤魔化せれば良いことになります。

そのためには、起きる瞬間を思い出す必要があります。経験上、起きようか寝ていようか迷いながら、葛藤しながらゆっくり起きるということはないでしょう。起きる瞬間になかったら、一気にパッと起きてしまうのではないでしょうか。これはジェームズもそう書いていますし、私自身もそう思います。つまり、少なくとも二人はそうであるようですが、皆さんはどうでしょうか。もし当てはまるなら、次の方法が有効かもしれません。

それは、何も考えず、とにかく体を動かすということです。なんだかパワープレイのような解決策で申し訳ないのですが、この場合においては考えないということが有効なのです。

上で見たように、抵抗とは、大抵は心理的な抵抗感です(そうでない場合、例えば家の中が寒すぎるとか、極度の寝不足である場合は、まずそれを解決することが優先です)。そのため、考えれば考えるほど、抵抗感は増します。

したがって、何も考えず間髪入れずに行為するか、何か別のことを考えながら行為することで、抵抗感をなくすことができるはずです。なぜならば、そのことについて何も考えていないから、行為に抵抗する意志を考えないからです。

具体的には、おそらく多くの人が行なっているように、「えい!」と一気に起きる・行動することが有効でしょう。これは、間髪入れずに行為する方法です。もう一つは、何か楽しみなことを考えながら、あるいは何か音楽を聴くなど完全に気持ちをそちらに没入できることを行いながら、起きる・行動するというものです。これは、抵抗感を考えなくするための方法です。そこそこ一般的な方法かもしれませんが、いかにして、抵抗する意志を考えないようにするのかが鍵なので、それぞれの方法で行ってみてください。

 

まとめ

今回のラジオは、冬の悩み・あるあるをテーマに、哲学者も考えた日常の悩みを考えながら、哲学的に考えつつ、日々の役に立つような解決策を見つけようとしました。少しでも哲学的な考え方や、それが身近なことに応用できることを実感してもらえれば幸いです。

一応、今回参考にしたウィリアム・ジェームズの『心理学』を載せておきます。ただし、今回扱ったのは、下巻の26章なので、図書館などで読んでみるといいかもしれません。